ジェーン・バーキンには3人の娘がおり、
全員父親が違う異父姉妹です。
3人の娘はそれぞれが両親の血を受け継いで
才能ある活躍されているようです。
それぞれの職業や結婚歴、子供(孫)や
現在の活躍について紹介していきます。
長女:ケイト・バリーについて
生年月日:1967年4月8日
没年:2013年12月11日 46歳没
職業:写真家
父親:ジョン・バリー
ジェーン・バーキンの最初の夫、
ジョン・バリーとの間に生まれたのが
長女のケイト・バリーです。
しかし、ジェーン・バーキンとジョン・バリーは
ケイトが生後1年になるときに別居し、
その後離婚しています。
物心ついたときにはジェーン・バーキンの2番目の夫、
セルジュ・ゲンズブールのもとで育てられていたそうです。
そのため実の父親、
ジョン・バリーとは疎遠だったようです。
ケイトはフォトグラファー(写真家)として活躍
ケイトは写真家として活躍をしていました。
しかし、写真家としては遅咲きで
28歳まではファッション業界で働き、
その後、写真学校に通って写真家に転職したそう。
子供のころからカメラには興味はあったものの、
母親の影響もあってか服飾デザインに興味をもち、
オートクチュール組合学校を卒業し、
そのままファッション業界に就職したようです。
ファッション業界で働いていたものの
育の父親であるセルジュ・ゲンズブールの死をきっかけに
写真家に取り組む決意をしたそうです。
カメラを始めたのは子どもの頃です。
最初はセルジュのポラロイドでした。
彼はとても神経質でしたが、カメラに触れるのは許されていました。
私にとっては奇跡のようなものでした。
引用:https://madamefigaro.jp/
ほぼ瞬時にイメージが現れるなんて
写真家に転職したケイトは才能を開花させていき、
『ヴォーグ』、『エル』、『パリ・マッチ』、
『マダム・フィガロ』、『サンデー・タイムズ・マガジン』など
多くの有名雑誌と仕事をするまでになります。
10代のころから薬物依存症だった
長女のケイトは10代の頃から薬物依存症だったようです。
はじめてコカインに手を出したのは
一番下の妹、三女のルーがまだ赤ちゃんのころ。
三女のルーとは15歳年が離れているので、
おそらく15~16歳のときに
はじめて薬物に手をだしたのかと思われます。
そこから、2度、3度と続き、
コカインを常習するようになってしまい、
アルコールや薬に依存してしまうようになってしまったケイト。
しかし子供を出産したことをきっかけに依存症を克服し、
義理の母親のおかげでイギリスにある
依存症治療センターに入所したそうです。
そして薬物依存症だった自身の経験から、
ケイトは1994年に依存症者のための無料センター、
薬物依存症相互支援予防団体Apteを立ち上げています。
写真家としての仕事も
ファッションやポートレートを専門として活動していましたが、
次第に写真と政治活動を結びつける道を見出していくようになります。
2012年には乳がん患者のための情報誌
『ローズ・マガジン』創刊号の表紙を手がけていました。
自らの経験からもあるかと思いますが、
慈善活動に熱心なのは母親の活動を見て、
影響を受けていたのかもしれませんね。
結婚歴、子供について
ケイトは1987年、当時20歳の時に
パスカル・ユオン・デ・ケルマデックという方との間に
男の子を授かり出産しています。
息子の名前はロマン・デ・ケルマデックといそうです。
父親となるパスカル・ユオン・デ・ケルマデックという男性が
どんな方なのか調べたところ、
あまり情報がありませんでした、、、
ウィキペディアには“パートナー”と書かれていたので、
おそらく結婚はしておらず、
事実婚という形をとっているのかもしれません。
自殺
長女のケイトは2013年12月11日に
パリにある自宅アパートの5階から
飛び降り自殺をし亡くなっています。
当時、ケイトはうつ病を患っており、
部屋からは大量の抗不安剤と抗うつ剤が見つかっており、
自殺か事故か断定できないと報道されていました。
しかし、事件の2年後に三女のルー・ドワイヨンが
自殺と断定したそうです。
母親であるジェーン・バーキンは
全て自分のせいだという罪悪感と
ケイトを守れなかったことで
自分を責めたと言います。
自分より先に自分の娘が亡くなってしまうことが
母親として一番辛いことですよね、、、
ケイトを偲んだ曲
次女のシャルロットは事件から4年後にリリースした
アルバム『レスト』で、姉の思い出を歌い、
そして母親のジェーン・バーキンも
アルバム『Oh Pardon tu dormais』で娘を偲んだ曲を歌っています。
次女:シャルロット・ゲンズブールについて
生年月日:1971年7月21日
年齢:52歳(2024年1月現在)
父親:セルジュ・ゲンズブール
次女のシャルロットは2番目の夫(事実婚)、
セルジュ・ゲンズブールとの間に生まれた子供です。
ジェーンバーキンはシャルロットのことを
『ミステリアスな娘』と表現しており、
自身も自分のことを人見知りで内気と明かしていました。
女優、歌手として活躍
次女のシャルロットは母親と同じ、
女優、歌手として活躍しています。
子供のころに、母親の出演する映画の現場で注目され、
1984年に放映された映画『残火』で
カトリーヌ・ドヌーヴの娘役に抜擢。
14歳で映画女優デビューします。
さらに父親のセルジュ・ゲンズブールとデュエット曲
『レモン・インセスト』で歌手デビューも果たしています。
こう見ると親の力で女優、歌手として活動しているように見えますが、
シャルロットは14歳で有望若手女優賞を史上最年少受賞し、
17歳でセザール賞主演女優賞に史上最年少ノミネート、
2000年にはダニエル・トンプソン監督の
『ブッシュ・ド・ノエル』で最優秀助演女優賞を受賞しています。
シャルロット自身、そもそも女優としての素質があったのでしょうね。
2009年にはラース・フォン・トリアー監督作『アンチクライスト』で
カンヌ国際映画祭女優賞に輝き、
フランスではトップ女優として今も活躍しています。
歌手としては2018年にアルバム『レスト』を発売し、
日本でもライブコンサートを行っていました。
母親のジェーン・バーキンを被写体に初監督
2021年には母親のジェーン・バーキンを被写体に
ドキュメンタリー映画の監督にも挑戦していました。
女優、歌手と母親と同じように
マルチに活躍しているシャルロットが、
『彼女の人生を理解したい』
『母と一緒にいたい』
という思いから母親に寄り添いながら
撮り上げたドキュメント映画だそうです。
映画の評価としては悪くなく、
2人の関係性に感銘を受ける人が多かったようですね。
『最後の方の母の発言、娘の発言は心にきた。
母娘の関係というのは中々考えさせられるなと思った。
人生をしっかり生きようと思った。』
『2人のファンなので日本の映像から始まるのがちょっとうれしかった。
親子というより友達みたいな関係が素敵だなー。』
『2人のことは知らなかったが、自分と母を2人に重ねて見てしまった。
https://filmarks.com/
悲しくなって、母の映像でも撮っておこうかと思った。』
母親のジェーンバーキンも過去に、
映画『Boxes』という作品の脚本監督をつとめています。
女優、歌手、監督と母親と同じ道を歩んでいるシャルロット。
やはり、血は争えませんね。
結婚歴、旦那や子供について
シャルロットは結婚しており、
旦那は俳優のイヴァン・アタルという方です。
子供も3人もうけており、
息子が1人、娘が2人います。
2人が出会ったのはシャルロットが19歳の時。
1991年に映画『愛を止めないで』で
共演したことがきっかけだそうです。
そして1997年に長男のベン・アタルが誕生しています。
しかし2人は結婚という形はとっておらず
法的には夫婦ではないそうです。
どうやらシャルロット自身、
母親が離婚を経験していることもあり
もともと結婚するということを考えていなかったようで、
旦那(パートナー)のイヴァン・アタルも
結婚にこだわりがなかったようです。
そのため、2人は結婚という形はとらず
パートナーという形の家族関係を築いています。
母親のジェーンバーキンも
2人目の夫(セルジュ・ゲンズブール)とは
事実婚という形で法的な結婚はしていませんでした。
母、娘ともに結婚に対して
同じような価値観を持っているのかもしれませんね。
ある意味、結婚という形にとらわれず、
ずっと一緒にいられる関係の方が
『本物』のように感じますね。
三女:ルー・ドワイヨンについて
生年月日:1982年9月4日
年齢:41歳(2024年1月現在)
父親:ジャック・ドワイヨン
三女のルー・ドワイヨンは
母親ジェーンバーキンの3番目の夫
ジャック・ドワイヨンとの間に生まれた子供になります。
長女のケイトとは15歳差とかなり年が離れています。
女優、歌手、モデル、芸術家として活躍
三女のルー・ドワイヨンも母親、姉たちと同じように
女優、歌手、モデルとマルチに活躍しています。
三女のルー・ドワイヨンは5歳の時に、
『カンフー・マスター』という作品に
母ジェーン・バーキンの娘役として
映画デビューを果たします。
その後も父親のジャック・ドワイヨンの監督作品
『あまりにも大きな(小さな)愛』で初主演を経て
女優としてのキャリアを積んでいったようです。
2010年代には、絵画における才能も開花させ、
パリの著名な陶器製造会社と共に
アートプロジェクトを立ち上げるなど、
アートデザイナーとしてのキャリアも積み重ねています。
さらに音楽の分野では、
2012年にリリースした初のアルバム『Places』が
30万枚を超える売り上げを記録し、
フランスの権威ある音楽賞
「ヴィクトワール・ドゥ・ラ・ミュージック」で
最優秀女性アーティスト賞を受賞しています。
デビューアルバムの成功後も、彼女は音楽活動を続け、
新しいアルバムのリリースやライブパフォーマンスを通じて
その才能を展開し続けています。
彼女の音楽はフォーク、インディーロック、
そして彼女独自の感性が混ざり合ったもので、
多くのファンを魅了しているようです。
また、彼女はファッションアイコンとしても知られており、
そのユニークなスタイルとカリスマ性で
多くのファッション雑誌やキャンペーンに登場しています。
結婚、旦那や子供について
ルー・ドワイヨンは2002年7月に第一子となる息子の
マーロウ・ジャック・タイガー・ミッチェルを出産しています。
マーロウの父親はミュージシャンの
トーマス=ジョン・ミッチェルですが、
彼らはその後関係を解消しています。
トーマス=ジョン・ミッチェルと
結婚していたかは不明ですが、
ネットの情報を見る限り、
法的な結婚はしていなかったのかと思われます。
そして2022年3月には第二子の妊娠を公表し、
同7月26日に次男ラズローを出産しており、
パートナーはイラストレーターの
ステファン・マネルという方です。
“パートナー”という表現をしているのを見ると
次男の父親とも結婚はしていないのかもしれませんね。
ジェーン・バーキンの3人娘について。職業や結婚歴・子供(孫)・活躍まとめ
ジェーンバーキンの3人の娘たちは
長女のケイトは写真家
次女のシャルロットと三女のルーは
女優、歌手、モデルとして活躍していました。
長女のケイトは2013年に亡くなってしまいましたが、
次女のシャルロット、三女のルーは現在でも
女優、歌手として活躍しています。
そして長女のケイトには子供が1人、
次女のシャルロットには子供が3人、
三女のルーには子供が2人と
ジェーンバーキンにとって孫は6人います。
生前、ジェーンバーキンは
『孫と過ごす時間が楽しい』と話しており、
娘たち、孫たちと良い関係を
築いていたのかと思います。
ジェーン・バーキンの娘たちは、
それぞれ異なる道を歩みながらも、
芸術とファッションの世界で彼女たち自身の名声を確立し
母親ジェーンバーキンの意思を受け継いでいるように思いますね。